これからだよ――と呟くようにおっしゃいました。
「この家で、泣いたり笑ったり怒ったり、意地悪をしたり悪いことをしたり親切をしたりして暮らしてごらん。そのうちおまえにも、"鬼"が感じられるようになる。ただ、それが恐ろしい姿を成さないように、それだけは気をつけてね」
「安達家の鬼」(「あやし」所収) 宮部みゆき 角川文庫
ちょっぴり怖い時代小説、といったところだろうか。収められた作品はどれも、怖くってさびしくってせつない、そんな作品ばかりである。
安達家の鬼……は、その名のとおり、安達という家の鬼の話。笹屋に嫁いできた女中あがりの嫁のひとり語り、それは義理の母と鬼の話。優しくてきちんとした夫、気むずかしいといわれていたのに、実は仏様のようにやさしい義母。ところが、その義理の母から、ある日「おまえは、ずいぶんと淋しい暮らしをしてきたのだね」といわれてしまう。実は、義母には鬼がついており、ひとはその鬼を自分の鏡として……悪いことをしてきたものは悪臭を感じたり、世にも気味の悪いものを見たりし、まともに暮らしてきているものでも何らかの気配を感じるものだというのだ。しかし、「わたし」には何も感じられない。それはまだ、人として生きていないからだ……――
宮部みゆきは人間を書くのがうまい。例えば、「時雨鬼」。一緒にいる時間を増やすためにも茶屋に勤めろとすすめてくる男。そんな男のことを信用ならない、ひとは皮をかぶった鬼なのだから……といった蓮っ葉な女。彼女のいうことは理にかなっているように聞こえる。けれど、彼女こそが鬼ではないのか。わからない。なぜなら男のことを好きだから。わからない。少女は立ちつくすことしか出来ないのだ。
容貌を理由に奉公を断られた娘の祈りと、その結末にも、女性ならではのどこかほっとできる優しさを感じとることができる。それにしても……わたしにはどんな鬼が見えてしまうだろうか。考えると、怖い。
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