「これから駅にいって、電車乗るのもだるいよなあ。ぼくたち、なにもすることないし、東京に帰っても仕事はないし」
                     
   「明日のマーチ」石田衣良 新潮社

 山形の工場でとつぜん派遣切りにあった4人の青年。特に親しいわけでもなく、たまたま同じ工場で働き、同じ寮で寝起きし、同じ日に契約を解除されて、呆然と契約解除の掲示を眺めていただけ――そんな4人が、ほんの思いつきで東京までの約600キロを歩き始める。4人の中では若干年上の三津野修吾だけが長距離を野宿して歩いた経験の持ち主で、あとの3人はまったくの素人。どんな状況にあってもパソコンを手放さず、ブログ更新に命をかけるネットおたくの伸也。さらさらの長髪を自慢にし、おしゃれに気を抜かない中国残留孤児三世の豊泉。自分に自信を持つことができず、何の特徴もないと感じている陽介。当初は軽い気持ちで歩き始めた4人だが、徐々にリズムに乗り、歩くこと、4人でいることが楽しくなってくる。だが同時に、伸也が新たにはじめたブログ『明日のマーチ』は、派遣切りにあった若者たちの抵抗物語として全国に広がり、思いもかけないものへと変じていく……――
 時速4キロの旅の中で、彼らが気づいたものは何だったのか。彼らは別に派遣切りへの抵抗のために歩き始めたわけではない。若者代表のつもりもなかったし、そもそもお互い同士のこともよく知らなかった。歩いて行くうちに、それぞれの過去を知り、己の過去を語り、少しずつ、理解していっただけだ。お互いのことも、そしてゆっくり歩きながら眺めた日本のことも。
 石田衣良が書いた池袋ウエストゲートパークの非正規レジスタンスはかなりきつい読みものだった。それに比べると、同じ非正規職員を扱っているものではあっても、この本は爽やかで力強く、読みやすいものになっていると思う。
 東京に近づくにつれ、彼らについてくるフォロワーはついに千人を超える。彼らのマーチはどうなってしまうのか。いろいろ考えながら読めると思う。




オススメ本リストへ