いつの日か、十代のこの夜のこの会話を思い出し、微笑むことがあるだろうか。そのとき、すぐ傍らにあたながいてくれたら、すてきだと思う。
         
        「ありふれた風景画」あさのあつこ   文春文庫

 噂は残酷だ。何も伝えない。何も伝えないのに、伝えたふりをする。男と寝るのが好き、ウリをやってる、と誹謗されている高遠琉璃は、ある日、恋人を寝とられたと誤解した上級生に呼び出された屋上で、綾目周子とめぐり合った。綾目周子もまた、その美しい外見とはうらはらに、霊能力や呪いの力がある変人だと噂される人物だった。けれど、噂に真実などありはしないことを、琉璃がいちばんよく知っている。そして琉璃は、優雅なしぐさの周子にどんどん傾斜していった。自分の心をとめなければ、これは許されないことだと言い聞かせながらも。そして、そんな琉璃の心の声を、木々や動物と言葉を交わすことができるほどに感受性の強い周子が聞き逃すはずもなかった。逢いたいときに逢いたいと伝えること。手をのばし、相手の手をとること。それが同性であっても、まっすぐに想いを伝えてもよいのだろうか……――。
 物語は、琉璃、周子、そして最初に琉璃が誤解されるきっかけとなった男子生徒、加水洋祐の報われない恋を絡めて進んでいく。不器用で脆くて、まっすぐで。あぶなっかしくバランスを取りながら揺れている十代の少女たちの姿が、きらきらと描かれた作品。
 誰かを好きになることで、自分のことも好きになれる。家族に対しても、自分に対しても不器用だった琉璃が、周子との関わりによって変化していく。彼女たちが今後、どうなるのかはわからない。運命は変えられる、とはいっても、周子は遠く東京の大学へと進学し、琉璃は離婚した両親のどちらかと、最後の高校生活を過ごさねばならない。けれど、ここにある「いま」をおそれてはいけないのだ。
 いまここに在ることを愛する少女たちの物語。それを「ありふれた風景画」というタイトルにしたところにも、作者の思いが見えるような気がする。これは決して特別な少女たちの物語ではない。周囲から浮いている琉璃や周子が、どんなに自分と違っていたとしても――共感できる部分は、きっとあるはず。





オススメ本リストへ