すべてがその静寂の中で止まった。死ぬ前の最後の鼓動だ。わたしは家の中に一人きりでいた。一人で待っていた。自分の人生の先端で待ち、まるで世界全体が宇宙の峡谷の崖っぷちで息を止めているようだった。何かが起こりそうで、その子供と警官と女が記憶の中でひとつになる。その感覚こそ生きる力だ。
「あなたに不利な証拠として」 ローリー・リン・ドラモンド(駒月雅子訳) ハヤカワポケットミステリ
物語は五人の女性を中心として語られる。キャサリン、リズ、モナ、キャシー、サラ。彼女たちはいったいなぜ警察官を目指したのか。初めて人を殺したときの記憶。期待と希望に満ちていた訓練生時代と、その夢が現実の重みに打ちのめされた瞬間。自分たちではどうしようもない出来事に足を突っ込んでしまったときの、やるせなさ。警察を去った後の深い喪失感。自分自身を許せるようになるまでの長い道のり。
警察官としてあると同時に、彼女たちは女性であり、人間である。ひとつひとつの物語は短いものが多いけれど、事件の重みがぬぐいがたく堆積したとき、彼女たちに刻まれた傷は深い。
連作短編集。ひとつひとつの物語は独立しているが、彼女たちは同じ警察署に勤務しているため、ときに物語は絡まりあう。
MWA賞最優秀短編賞を受賞した「傷痕」は、こんな話だ。警察官志望のキャシーは教室では学べないことを身につけるために<被害者サービス>の養成コースに申し込み、その研修中、胸をステーキナイフで刺され、レイプ未遂された女性、マージョリー・ラサールに出会う。しかし、事件を担当した私服刑事のレイ・ロピロはこれをマージョリーによる狂言だと断定。捜査はそのまま打ち切られる。だが6年後、マージョリーはふたたびキャシーのもとに姿を現し、キャシーにはそれをすなおに受けとめることのできない事情があった。警察官として、女性として、複雑な心理を描いた逸品に仕上がっている。
とはいえ……もしかすると、この作者には、5人の女性は、それぞれ1人の女性でもおかしくない……というような意図があったのだろうか。それとも、ポケミスによくありがちな、いまいちな訳者だから、ってことなのだろうか(後者のような気がひしひしと)。物語はよいのだが、訳のせいか全員が同一人物に思えるというのが難点。もう少し、語り口を変えてくれてもよかったのですが。しかし、そもそも最初の話はキャサリンの物語をケイティ(キャサリンの短縮形)が語る(しかもボーイフレンドの名はふたりともジョニー)ということも含めて考えると、作者の意図もあるんだろうか。この点に関しては、他の方々のご意見なども聞きたいところである。
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