今、心と頭、目の中は、光と色であふれている。それに勇気とあたたかさも。けれど、それを感じることができるのは、お日さまの後ろの世界に行ったことのある人だけだった。
「アントン:命の重さ」エリザベート・ツェラー(中村智子訳) 主婦の友社
ナチス政権下のドイツに生まれたアントンは、ごく幼いとき交通事故にあい、右腕がまひし、言葉もうまく出てこないようになってしまった。アントンの両親はアントンを施設ではなく自分たちの家で育てようとするが、それには理由があった。当時のドイツでは、障害のある子どもたちは「生きるに値しない生命」として、抹殺されてしまっていたからだ。だが、小学校に通うアントンの生活が安楽だったとは決していえない。子どもたちばかりでなく、先生たちもが障害者であるというだけでアントンをいじめてくる。みずからの運命に耐えるアントン。しかも、アントンを仲間外れにしなかったユダヤ人の友だちは、みんな遠い地へ逃げるか、どこかへ隠れてしまった。そして日が経つにつれ、戦争はどんどん激しくなり、アントンもついに隠れざるを得ない状況へと追い込まれる。
ナチスによるユダヤ人迫害の事実を知らない人はいないと思うが、障害のある子どもたちまでもが抹殺されていたことを知る人はどれだけいるだろうか。この本はアントンの姉マリーの息子である著者が、ナチス政権下のドイツを生き延びた数少ない障害者の一人である叔父アントンを描いたノンフィクションである。筆者はこの本を書くにあたり、貴重な資料や証言を数多く集めたというが、本そのものは物語の形式をとっているので、ノンフィクションが苦手という人にも読みやすいのではないだろうか。「あのころはフリードリヒがいた」などとあわせて読むこともオススメ。アントン自身が、ユダヤ人の友だちと一緒のベンチに座る勇気がなく悩むシーンなども書かれている。
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