なんて妙な話だ。とても信じられない。――いや、ちがう。信じられないほどよくできているのだ。すべてが、驚くほどリアルだ。だが、完全というわけではない。といっても、現実ではありえないと彼が認識しているからというのが理由かもしれない。
            
 「迷宮の暗殺者」ディヴィッド・アンブローズ(鎌田三平訳) ソニーマガジンズ

 アメリカ合衆国政府の秘密機関に所属し、高度な訓練と天賦の才によって極秘任務につくチャーリー・モンク。命ぜられるがままの暗殺、監視。過去の記憶をほとんど持たない彼にとって、唯一、記憶しているのは、初恋の少女キャシーのこと。そしてある日、運命に引き裂かれたと思っていたキャシーと再会し、そのときから、チャーリーの困惑が始まる。
 一方、記憶障害をもつ男性ブライアンの治療法を研究する医師スーザン・フレミングは、ある日、ブライアンの記憶障害を治すために、あるひとつの手段を思いつく。そして数年後、夫を飛行機事故で失ったスーザンの前に現れたジャーナリストは、スーザンの夫はある秘密を探りあてたために殺されたのだと告げた。実はそれこそが、スーザンが見つけだした治療法、そしてチャーリー・モンクと彼女とを結びつける糸だったのだ。
 いっけん、なにも関係のなさそうなふたつの物語が、思いもかけないところから絡みあってゆく。
 ネタばれになるので細かい説明は控えるが、何が現実でなにが造りあげられたものなのかが曖昧な状況が、繰り返し繰り返し、最後まで続く。荒唐無稽な話だと思って読んでいたら、最後の数ページで凍りつくことだろう。
 SFファンにわかりやすく説明するのならば、ディック的悪夢世界。現実というもののもろさを描いたという点で、ミステリでもありSFでもある。なんとも奇妙なお話。



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