生きることへの覚悟。自分という存在をまるごと受け止める覚悟。自分にはそういう強さが欠けていたのかもしれないと笙子は思う。
         
     「アナザーヴィーナス」吉富多美・青木和雄  金の星社

 私立みなと女学院の中等部でスクールカウンセラーとして勤務している香月笙子は、貧血とめまい、耐えきれない腹痛から病院で検査を受け、そこで医師から残酷な口調で末期がんであることを告げられる。患者の気持ちなどまるで思いやらない医師の口ぶりに傷つき、目前に迫った死に打ちのめされた笙子。どうしてこんな目にあわなければならないのか。前を向いて走り続けてきた三十八年という月日を振り返る笙子は、そのとき自分がやり残していたものに気付く。生徒と向き合うこと。苦しんでいる生徒を救うこと。折しも、それまで優秀で明るかった生徒のひとり、湯田有沙が屋上から飛び降り未遂を図った事件が起きたばかりだった。相談室には一度も現れなかった有沙だが、彼女を相談に来させなかった自分にも問題があるのではないか? 死ぬ前に、有沙のことだけでも救いたい……そう願う笙子は、偶然訪れたプラネタリウムで有沙と出会う。そこで有沙が語ったことは、笙子自身の過去にもつながる想いだった……――
 物語はスクールカウンセラー笙子の目を通し、友人を傷つけ、死なせてしまったことに苦しむ有沙、スクールセクハラに苦しむ幼い日の笙子や何人もの少女たち、手を差し伸べようとする大人たちや、見て見ぬふりをする大人たち……の姿を鮮明に描き出している。笙子自身、専門的な理論に振りまわされ、何よりも誠実に生徒たちと向き合う心を忘れていたのだということに、死を目の前にして気づくのだ。
「先生たちはさ、一年生を何度でも繰り返せるよね。失敗も経験のひとつだって思えるかもしれないけど」
「あたしたちには、繰り返せないの。味方かどうか、しっかり見極めないといけないの。でないと、簡単に壊されてしまうもの」

 有沙の言葉は、重い。
 けれど、笙子、有沙、そしてかつて少女だった、そしていまも少女である女性たちが、ガールズトークを楽しむ姿は微笑ましく、力強い。



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