「もしこちらの事務所に関わったせいで、夫が菓子を口にしていたら、商店街の婦人会は、菊田議員を支持しませんから」
「商店街の赤信号」(「アコギなのかリッパなのか」所収)畠中恵 実業之日本社
佐倉聖は、かつては手のつけられない不良だったが、現在は更生して、蒸発してしまった両親にかわって年の離れた弟の拓を育てるべく苦闘している21歳。元国会議員大堂の事務所『アキラ』の事務職員兼大学生である。ところが、この風変わりな元国会議員がいまだに若手政治家の勉強会『風神雷神会』会長を続けているせいか、事務所にはつねに奇妙な無理難題が持ちかけられる。色が変わる猫、幽霊スポットでの殺人未遂事件、寄贈された絵を持ち逃げして新興宗教に走ってしまった秘書。数々の事件のたびに借り出されるのは、事務員の聖。本来の仕事とはかけ離れているとはいえ、事件解決が票集めにつながるとあっては疎かにもできない。ブツクサ文句をいいながらも、愛する弟拓のために、臨時ボーナス目当ての聖が腰をあげる。
連作短編集。
政治家になるつもりなどさらさらない聖には、秘書たちと違って政治家に愛想を売る気もなければ、表面を取り繕ったり、お愛想だけで片付けたり……ということはない。ときにはやんちゃがすぎるほどに真っ正直でいいたい放題、けれど本音の優しさや勘のよさが、みなに愛される元となっている。
さて、引用した「商店街の赤信号」はこんな話。商店街の多い地区で立候補した菊田議員の選挙事務所応援に借り出された聖がぶつかった難問は、ダイエットしているはずなのに太り始めた竹本をなじる妻。買い食いするチャンスは選挙事務所でしかない、と、妻は婦人票をたてに聖たちを脅す。しかし一方、商店街の男性たちは、竹本の買い食いを見逃してやってくれと頼み込む。下手をすればどちらの票も失いかねないこの状況を打破できるのか?
他の話は別に政治家の事務所を舞台にしなくてもできるかなあ? と思う話だったのだが、これに関しては設定がぴたりと合っている。それにしても……「アコギなのかリッパなのか」って……思わず手にしちゃいましたもん。インパクトのあるタイトル。すごい。
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