「アイシテルヨ オレノ オクサン」
「アビス」 オースン・スコット・カード(南山宏訳)角川文庫
複数の核弾頭ミサイルを満載した米軍の原子力潜水艦モンタナが、突然、緊急発信を残して沈没した。場所はカリブ海に横たわる、一万八千フィートを越える深淵カイマン海溝。ソ連に気づかれないうちに核弾頭や機密文書を回収しなければならないが、それだけの任務を遂行するに足るだけの海軍の船がは近海にはない。だが、沈没地点から22マイル離れたところで、ベンシック石油が水中掘削作業の実験中だった。ただちに掘削作業中だったディープコアに協力が要請され、特殊部隊SEALが派遣された。
掘削作業チームのチーフ、バド。そしてディープコアの設計者であり、バドの別居中の妻リンジー、SEAL隊長コフィー。三者三様の思いを抱いた者たちが顔をあわせたその一方で、深淵では何万年ものあいだ息をひそめていた生き物たちが、初めて人類との接触を試みようとしていた。平和を愛する彼らにとって、人類とは同胞を殺すおそろしい者でしかない。彼らは互いに理解することが出来るのか。
ファースト・コンタクトもの、になるのだろうか。だが物語を支えているのは、高慢でわがままで、他人の話など聞こうともしないリンジーと、人間関係のプロともいえるバド、このふたりの誤解、すれ違い、理解、横たわる深い感情――そのようなものだ。これにコフィーが絡んできたことで、なお厚みを増す。ここには、人間同士のコンタクトの重要性も描かれている。
1990年にJ・キャメロンによって映画化された「アビス」。この小説は、キャメロンの意志によって書かれた「小説」である。キャメロンはあとがきにこう書いている。
「わたしは、この映画のノベライゼーションだけは作らせまいと決心した。
その代わり、本物の小説を書いてもらうのだと」
白羽の矢を立てられたカードは、映画にないエピソードを積み重ね、そしてそれがまたシナリオや演技に膨らみを与えたのだという。観たことのない方は、ぜひ映画もご覧いただきたい。そして、映画だけを観たことのある方は、ぜひこの小説を。もちろんどちらか一方だけでも充分に話はわかる。だが、両者をともに手にしたとき、映画と小説とが互いに補いあって、映画だけ、小説だけでは到達できない地点まで高めあった、まれにみる素晴らしい作品であることがわかるだろう。
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