おれたちはこのことを決して忘れない。救いの手を差しのべてくれた人間を救えないのだとしたら、おれたちは誰を救えばいいんだ? 誠実な人間に対して誠実であることができなければ、おれたちはいったい誰に対して、何に対して誠実であればいいんだ?
「カーラのゲーム」ゴードン・スティーヴンス(藤倉秀彦訳) 東京創元社
乗客130人を乗せたまま、二日前にハイジャックされたルフトハンザ航空3216便が、ベルリンからアムステルダムを経て、ロンドンにむかってくる。テロリストが指定したデッドラインまであと8時間。突入部隊の隊長としてハイジャック機を待つフィンの胸には、ある大きな疑惑が沸き起こっていた。……彼女ではないのか? あの飛行機に乗っているのは、あのテロリストは、カーラではないのか? いや、それはありえない。カーラはもう死んでいるはずなのだから。だが、あのハイジャッカーは、おれが彼女に言ったとおりに動いている……。
遡ること10か月前、1994年のボスニア。カーラ・イサクは前線にいる夫の無事を祈りながら、幼い息子、ヨヴァンとともに暮らしていた。飢え死にしないためには食料を手に入れなければならず、しかし、食料を手にするためには、スナイパーが狙い撃ちしてくるとわかりきった橋の上を、身をさらして走り抜けなければならない。この内戦は、いつ、どうやったら終わるのだろう。国連軍は決して、決して手を差しのべてはくれない。子どもたちが飢え死に、女たちが撃ち殺されようと、ただ黙って見ているだけだ。カーラにも、誰にも、国連軍を動かすだけの力はない。
飢えた息子が熱を出し、看病にあたっていた夜、カーラは家の外で物音を聞き、それを夫の声だと思って走り出てゆく。だがそこにいたのは、地雷原に負傷して横たわるふたりのSAS隊員だった。彼女がいわれのない男を助ける義理はない。負傷して倒れたジャナーはそう思い、彼女がひとりを引きずって家に戻った後、ふたたび自分を助けに戻るとは信じていなかった。だが、彼女は戻ってきた。そして、彼女に救われたことによって、ジャナーもマックスも、そして彼らのリーダーであるフィンにも、カーラに大きな、大きな、返すことのできない借りができたのだ。
妻であり、母であった一人の女性が、思いがけない運命の変遷によって、ボスニアの内戦の中でテロリストとなる。だが彼女の胸の中にあったのは、ある夜、彼女にむかっていわれたSAS隊員のひとことだった。"敢然と戦う者が勝つ"。たとえ負けたとしても、敢然と戦った末の敗北は勝利と同じだ。そのことばを胸に、彼女はたった一人で、自分自身のゲームをするために、テロリストとなった。そんな彼女の姿に、世界が動き出す。
重要なフレーズの繰り返しが物語を盛り上げ、人々のうねりが、熱く伝わってくる。世界をすぐに変えることはできない。けれど、何かせずにはいられない。そんなカーラの想いが、いつしか世界中の女性たちを動かしてゆく、その力強さ。
電車の中で立って読んでいたのに泣いてしまいました。感動の一作。オススメです。
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