戯れに語るわたしと「数学」

 わたしの「算数」が最初に問題になったのは、小学校1年生の夏休み前のことだったという。担任に呼び出された母が、
「でも20歳を過ぎて1+1がわからない人はいませんから」といってのけ、
「お母さんがそれだから」とさらに叱られた話は語り草である。
 中学の頃、あまりに数学が出来なくて泣いていたところ、娘に甘い父が
「こんなに嫌いなものをさせることはないだろう」
 と、以後いっさい、数学に関しては家庭内でとやかくいわない、ということになったのは、ウソのようなほんとの話。
 うちはそれほど裕福な家庭ではなかったので、高校時代、担任が国立大コースを勧めてきたのだが、
「数学があるからいやです」ということが許されたのも、このような家庭の取り決めがあったからである。両親は、わたしが私立文系にしか進学できないことを、とてもとてもよく知っていた。
 ちなみに、ここでひとつだけ付け加えておくと、わたしの高校時代の数学の成績は平均で8、最低でも7である(10段階評価)。最低点は中間テストの33点だが、その期末に98点をとり、足して割ると7がとれた。しかし、成績と「理解」や、まして好悪は別である。

 さて高校時代、数学1と数学2、基礎解析だけをなんとかこなし、高校3年生の時にはいっさい数学と関わらなかったので、実に17歳半ばからこれまで、一切数学とは関係のない生活を送ってきた。そんなわたしが、なにを間違ったのかいまの大学院に進学してしまい、さらに
「じゃ、今度はExcelで重回帰モデルを推定してレポート出して」
 とかいう授業を選択してしまったのは、どう考えても大間違いである。
「回帰分析は基礎だから自分で勉強して。でも知ってるよね」
 にこにこ顔の先生に、「知りません」とはいえなかったわたし。
 重回帰。回帰分析。「かいきぶんせき」と「きそかいせき」は、「かい」と「き」が非常によく似ているが、たぶん違うものなんだと思う。「分析」と「解析」も、とってもとってもよく似ているようだけど、きっと違うんだろうな。
 と……そこまで思って、ふと気がついた。
 基礎解析って、どんな授業だったっけ……????
 恐ろしいことに、何もおぼえていない自分に気づいてしまった。
 はっきりいって、化学も苦手だった。でも、水素がHで酸素がOで、アルファベットを足し算するなんて絶対許せないことだけど、なんだか計算していくと水になった。丸で囲んだHとかOを線でつないだ記憶もある。
 生物のミトコンドリアがどうだとか、ゾウムシがどうだとか、そんなこともおぼえてる。中身がどう、というわけではなく、とにかく「やった」ことは記憶にある。
 なのに、数学に関しては、なにをどういつやったのか、さっぱり記憶にないのである。
 素因数分解……いやいや、あれは中学1年くらい。あのときはけっこうよくできたからいい気になっていたはず。
 比例反比例…も、たぶん中学。サインコサインタンジェント…呪文のようなアレはいったいなんだったっけ? 数1、数2、はたまた基礎解析。なんだったんだ、あの呪文?
 おそろしい。国語は得意だったからバッチリおぼえている。それこそ、高校時代どころか、小学校の頃に「ひとつの花」をやったなあ、とか、「はまひるがおのちいさな海」はいい話だったよね、なんてことまでおぼえているくらいなのだ。
 なのに、数学に関しては空白。頭のその部分だけ、空っぽであることが自覚できる。
 回帰分析。
 わたしはたぶん、たぶん……習ったことがないと、思う
 けれどそれを大声でいうことはできない。
 なぜなら、「記憶にない」から。

 Excelで回帰分析、なんて本を読んでみたが、さっぱりわからない。
 これはやはり、正直に先生に泣きつきにいったほうがよさそうである。
 それよりもまず、「分析ツール」とかいうのを表示させねば。っていうか、どこにもないんだけど……???


追記
 一生懸命思い出そうとしているうちに、思い出したくないことは思い出してしまった。
 高校1年生のときの数学の先生は、たしか女性だった。
「雨女さんの座る席はいつも遠いわね」
 といわれたことをおぼえている。
 副級長特権で一番後ろ廊下側の席を確保していたのだが、バレバレだったということだ。

 高校2年生のときの数学の先生は、たしか男性だった。
 気持ち悪いあだ名がついていたと思うのだが、個人的にはけっこう好きだった。
 その人が、中間だか期末だかで見回りにきたとき、わたしの後ろを通りかかり、答案用紙を覗き込んで「くすっ」と笑ったのだ。
 笑うか? 教師が笑うか、フツウ!?
 好意を持っていただけに衝撃だったのは事実である。

 ちなみに外部模試の数学は200点満点だった。あるとき、200点満点で7点しかとれなかった(最初にある10問くらいの計算部分だけをやって、残りの大問はすべて白紙提出。しかし、最初の「点数をあげます」部分でも点が取れなかったということだ…)。しかし、国語と英語の点数がよかったので、3科目合計上位者リストに名前があがってしまった(女子高だったので、数学の平均点が20点前後だったせいである)。すると、特別進学クラス(しかも理系)の人が、わざわざ私立文系のわたしのクラスまでのぞきにきた……! あとになって、「いや、あれだけ数学が出来ない人って、どんな人かと思って」とのたまった彼女は、のちに医学部に進学して医者になった。




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