"Do you believe in God?"
"You know I do."

            Rachel's Tears    Beth Nimmo and Darrell Scott


 これは実話である。1999年4月20日、コロラドの高校でひとりの教師と十二人の生徒が射殺された。これはその十二人の生徒のひとりだったRachelの日記の一部および両親によって書かれた彼女の思い出である。
 喪われた人を思うことはつらい。死は暴力だ、ということばを口にした知りあいがいる。わたしたちの多くにとって、死は暴力だ。それが病死であれなんであれ、ひとりの人を根こそぎ奪っていく力、その前に屈服せざるを得ない無力さ、そんなものを感じてしまったとき、それはもう「暴力」ということばでしか表すことが出来ない。ましてや、事故、事件、いわれなき殺人で奪われた生は、物理的にも暴力をふるわれたとしかいいようがないのではないか。
 ましてや、高校生の娘が。両親の誇りであり、美しく愛らしかった娘が奪われたなら。その手記は読むに耐えない……と、最初は正直そう思った。読み手がつらくなるほどに感傷に溺れたものではないか、と。
 たしかに、両親が褒め称える娘像、描かれるRachel像は、あまりにもいい子すぎる。神をどれほど信仰していたか、という話がおもに語られるせいもある。宗教が全面に出されているのがつらくなってくるような気もする。だが、全体を通してみれば、その理由はおそらく……両親の中で、「そうでなければおさまりがつかない」と、そのためだったのではないか、と思われてくる。
 犯人たちはあらかじめ誰を射殺するのか決めていた節があったという。長い名前のリスト、その中にRachelの名はあった。なぜなら、彼女は神を信じていたから。けれど、もし? もし犯人が問いを発したとき、Noと答えていたならば。そうしたら、もしかして、万が一でも助かる望みはあったのではないのか……? 暴力の前に、ただただ奪われる生、そんなものの前で、それでも神を信じているといいきったために亡くなった少女。これは、両親がそんな娘を理解するために綴った手記である。そして、宗教をもたぬわたしに問いかけてくる。あなたはそんなRachelを理解できるか、と。理解してほしい、と訴えてくる。



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